Thursday, April 07, 2011

3.11 銀座から流山市まで徒歩帰宅

2011年3月11日の地震は東京の交通機関も麻痺させてしまいました。地震がおさまると地下鉄もJRも点検等のために停止していることが分かり、それまでありえないと思っていた自宅への徒歩での帰宅が現実になった。

勤務先があるのは東京都中央区銀座8丁目。Google Mapsで経路を調べると、流山市役所近くの自宅までの距離は約27kmで、6時間かかることがわかった。

18時20分、オフィスを出発。ほとんどの同僚は交通機関の運転再開と待っているようで、みんなから「がんばってください」と見送られた。昭和通りをまずは上野駅まで向かった。道路はどこもクルマで大渋滞。動いていない。徒歩帰宅しようとする人もすごい数で、東京にはこんなに人がいるんだとあらためて感じさせられるくらいすごかった。その多さで昭和通りを歩いても人ごみで速くは歩けない。一本裏通りの道は空いているので歩いたのだが、大きな通りを横断する時は昭和通りの信号で渡らざるをえず結局遠回り?

Google Mapsで経路は調べてある程度は頭に入っていたはずなのに、途中途中で確認したくなる。iPhoneを持っていたのでこれで調べればいいやと思っていたけど、携帯網が込み合っているようなのでなかなか表示せず、おまけに寒いので簡単に確認できる紙の地図の方が良かった。

19時20分、秋葉原。神田川を見ると、津波で川は逆流していた。ここまで津波の影響があることにびっくり。期待してはいなかったけど、やはりつくばエクスプレスは運行してなかった。上野を過ぎると人も若干減ってきた。

20時45分、北千住。いつも利用している電車ならここからわずか30分なのにまだまだ自宅は遠い。荒川を渡る橋は千住新橋というのかな、徒歩で渡るのはあまりなさそうな作りをして歩きにくい橋でげんなり。この後、4号線から分かれて首都高の加平ICの方に向かわないと行けないのに痛恨のミスで足立区役所の方まで行ってしまい、遠回り。

21時50分、つくばエクスプレスの六町駅。中間点を過ぎたと思われる。外から見たのははじめて。駅の周りは閑散としている。同じように歩いている人はほとんど見かけなくなった。タクシーの空車を見かけはじめたけど、歩くと決めていたのでひろわずゴールを目指す。

23時40分、三郷に入った。流山はもうすぐだが、足が痛くなりはじめ、気力も落ちはじめた。外環の下を渡るところが遠回りしなければならないのもつらいし、その後は真っ暗闇の中をしばらくあるくことになったのでもう限界近し。同じように歩いて追い抜いて行く人がいて悔しい。三郷駅までくるともう帰ってきた気持ちになった。

江戸川を渡り、25時10分、自宅に到着。江戸川には津波の影響は見えなかった。会社を出てから6時間半。ちょっと予定よりも時間がかかってしまった。たまにジョギングをしているのでもっと楽に帰宅できると思っていたのはあまかった。